六月大歌舞伎 夜の部 今日(こんにち)はこれぎり


6月18日(木)は、六行会ホールでの舞台を見て、そのあと、歌舞伎座へ。移動の時間が45分はあるので、六月大歌舞伎 夜の部(4時半開演)に充分間に合うとの計算だったが、雨がパラつくなか、新橋から歩くと存外に時間がかかり、歌舞伎座に着いたのは、午後4時23分頃。3階1列での見物なので、筋書を買って階段を上り、席に着くとまもなく開演となり、あわただしい。

この日の夜は、当初は、築地で「椿山課長の七日間」を見たいと思っていたのだが、すでにチケットは売り切れだというので、いさぎよくあきらめて、歌舞伎座へ変更。

さて、歌舞伎座さよなら公演 六月大歌舞伎 夜の部は、

四代目松本金太郎初舞台「門出祝寿連獅子(かどんでいおうことぶきれんじし)」

 15分の幕間あって、

「極付幡随長兵衛 公平法問諍」

 30分の幕間を挟み、

「髪結新三」


「門出祝寿連獅子」は、高麗屋三代の連獅子、とくに四代目金太郎のけなげな毛振りが評判のようだが、口上も見物の楽しみ。劇中口上ながら、下手から、梅玉魁春福助染五郎、金太郎、幸四郎芝雀松緑吉右衛門の並びは豪勢だし、口上のあと、一同が迫りに乗って下がる退場の仕方も、祝い事の演目らしくなかなか派手。

松本金太郎という名前は、十一代目團十郎が幼名として名乗ったのが初代というのは、筋書の紹介を見て知った。

三代といえば、今月の歌舞伎座は、高麗屋だけでなく、松嶋屋成駒屋、加賀屋も親子孫の三代で出演しているのだと。


休憩中に舞台写真を買う。後学のために「女殺油地獄」のお光の写真をいくつか買いたいと思ったが、財布が軽くなっていて、1枚しか買えず。

(亀治郎の会のチケットを2回分、現金払いで引き取ったので、財布の中身が薄くなっていた。「お夏狂乱」の子役見たさに、大枚はたいた自分のほうがほとんど狂乱、という気がして来た。で、まさか、子役が出ないということはあるまいが…、万が一そんなことになったら、えらい無駄遣いだ)

ほかに、写真は、部屋子披露の錦政改め松本錦成くんの紙屋丁稚を、1枚購入。

松本錦成くんて、この前、NHK教育テレビで放送されていた「河内山」(2008年9月歌舞伎座)で、幕開きに恥かき番頭をからかう丁稚長松をしているのを見たが、あれが、ずい分よかったので、今月の夜の部を見たいと思った次第。


「極付 幡随長兵衛」という芝居は、村山座での長兵衛と水野の対峙から、水野邸での決着までの展開が性急過ぎて、水野十郎左衛門の人物が小さく見える上に、後味もいいとはいえない。むかしの見物には、幡随院長兵衛という人物についての講談的予備知識のようなものがきっと共有されていて、この芝居ではえがかれない部分まで見物が勝手に補って楽しめたのかも知れないが…。八千石というのも、すごい旗本だ。

幡随院長兵衛といえば、むかし、平幹二朗の長兵衛、高橋悦史の水野でドラマやってたよね。「お待ちなせぇ」とかいうタイトルの。


今月夜の部では「髪結新三」が、いちばん面白い。「幡随長兵衛」のあとにたっぷり2時間余の上演時間はしんどいかと思いきや、大詰まで退屈しない。筋が明瞭だからだろう。

新三(幸四郎)が忠七(福助)をそそのかす発端、悪党の正体を現した新三が忠七を虐げる永代橋端の場、新三内での弥太五郎源七(歌六)や家主・長兵衛(彌十郎)との応酬、閻魔堂橋の立ち回りまで、芝居の流れに起承転結のようなめりはりがあって、ことに、永代橋では倒錯的な魅力、また、喜劇調になる新三内の場は芝居の長さを忘れさせる。

以前に「髪結新三」を見たときは、どこが面白いのかよく分からなかったが、今回は、ようやく、前科者だが回り髪結という職を持つ新三が、その商売を捨て、白子屋の娘・お熊(高麗蔵)の色恋沙汰をタネに大金をせしめることでいっぱしの遊び人として売り出そうとする話だと得心出来た。なるほど、だから落ち目の老親分・弥太五郎源七の鼻を明かすという件りがポイントで、最後はその報復を受けるという訳だ。

髪結の風俗を見せるとか、初鰹で江戸の季節感がどうしたのと、そんな解説が先に来ると、芝居そのものの筋が後になる。今月の「髪結新三」は、筋が立っているようで、分かりやすく楽しめる。一夜明けて、新三の住まいに押し込められているお熊、という状況も、妙に生々しくて想像を掻き立てられた。


部屋子披露の役は、序幕第一場で新三を迎えに来る、芝居好きな紙屋丁稚。

高麗屋の部屋子になるんだ、というので、それじゃ、名前を付けてやろうといって、新三が「松本錦成」という名を付けてやる。で、名前をもらった丁稚の錦成くんが「面相拝みたてまつれ」と助六ばりのセリフで極める。


大詰は、新三を待ち伏せた弥太五郎源七との立ち回りになって、新三がひと太刀斬られたところで、お約束の、今日(こんにち)はこれぎり。居住まい正した両優の「まず今日はこれぎり」の口上で、幕。

終演は、午後9時23分頃。

ところで、「髪結新三」って、幕開きは、下手の材木の前あたりで、大工だったかが、白子屋の内情などをひとくさり噂話にしゃべるところからはじまるのではなかったっけ? 今月の「髪結新三」はそれがないよね。