元・宝塚総支配人が語る「タカラヅカ」の経営戦略

森下信雄『元・宝塚総支配人が語る「タカラヅカ」の経営戦略』(角川oneテーマ21、800円+税)

http://www.kadokawa.co.jp/product/321406000114/


この前読んだこの本がおもしろかった。

角川oneテーマ21の、1月の新刊。演劇、ミュージカルファン向けというよりも、ビジネス書の体裁である。本の後半での、宝塚をAKB48と比較する部分については、タカラヅカに関心の薄い読者の興味も惹こうという意図もあるのかな。

あとがき(おわりに)を読むと、この本は、大学で講義した内容がもとになっているようですね。


私は、歌劇団出身女優を舞台やテレビで見ることは多々あるけれど、宝塚歌劇そのものを生で見たことはこれまでいちどもない。東京宝塚劇場の前はよく通るが、あの劇場に足を踏み入れたこともまだなくて、そもそもチケットが取れるかどうかも分からないし、それに、なんかタカラヅカファンの女性客って怖そう。・・・・と、まぁそんな読者である私がこの本を手にしたら、はじめて知ることがいろいろとあって、なかなかびっくりである。宝塚ファンには、おそらく常識中の常識なのだろうが、知らない者は全く知らなかったことが書かれている。

何よりまず、著者の経歴が興味深い。大学卒業後、阪急電車の鉄道マン(駅員、車掌、運転士)になるが、小劇場好きだったことから、入社4年目に梅田の茶屋町再開発に携わり、いまの梅田芸術劇場やシアター・ドラマシティの計画に関わり、以後、阪急西宮球場勤務を経て、宝塚歌劇団へ。制作や星組プロデューサーを経て、宝塚舞台では劇場部長、阪急電鉄に戻って歌劇事業部、さらに、宝塚総支配人に。梅田芸術劇場にも、取締役として出向している。
現在は、コンサルタント業務。著者は、1963年生まれで、2011年に阪急を退社とあるから、経歴に照らすと、40代で総支配人にまでなれるのだね。

阪急電鉄から宝塚歌劇団へ出向すると聞くと、高齢の役員か役員手前で定年を迎えるようなひとが天下り的に出向するのかと思ってしまいそうだが、そうではなく、著者のような電車の運転士だったひとがプロデューサーや大劇場の責任者にもなり歌劇事業部のトップにまでなることもあるというのにはおどろかされる。通常は、電鉄の社員が歌劇団へ出向しても、数年で戻ることが多く、著者のようなケースは少ないらしいが。


宝塚歌劇は、もともとは、鉄道客を呼び込むためのものだったので、単独での収益よりも通年で多くの公演をすることが求められた。そのため、以前は、プロ野球(阪急ブレーブス)と同様に、赤字が出ても宣伝広告費として埋め合わせればよかったが、時代の流れで状況は変わり、現在では、タカラヅカそれ自体で収益を上げることが求められている。

歌劇団事業での収益を増やすために行われたことのひとつが、宙組を増やして4組体制を5組体制にしたこと。以前は東宝が持っていた東京宝塚劇場の興行権が、建て替え後は阪急電鉄に移り、そのために同劇場で宝塚歌劇の通年公演が出来るようになったことも、収益アップにつながったという。
(なるほど。だから、建て替え後の東京宝塚劇場では、東宝の演劇公演が行なわれなくなったのだね)

歌劇団ビジネスのなかでのツアー公演やディナーショーの位置付けについても、知らない人間が読むと、そういうふうにやってるんだ、へぇ〜、と思ってしまう。

コマ・スタジアム時代とは、上演される演目も大きく変わりつつある梅田芸術劇場メインホールも、宝塚OGを起用した公演を推進して行くなど、宝塚ビジネスのなかに位置付けられているが、阪急傘下の運営になってからの劇場経営としてはいまだ過渡期だとある。

阪急電鉄は、企業などの大株主よりも、個人株主の割合が高く、そうした個人株主へのアピール、優待としても宝塚歌劇団の存在が欠かせない。また、阪急東宝グループとはいっても、阪急と東宝では、株の持ち合いや人的交流はほとんどないのだという。


外部の作品を上演することもあるが、タカラヅカの演目を手がける作家・演出家は、歌劇団の団員で、基本的に終身雇用だというのには、びっくり。

「魔の平日6公演」というのも、おもしろい。宝塚大劇場はお正月は1日〜公演があるが、1月以外では、大劇場も東京宝塚劇場も、基本的に、金曜日が初日と決まっているのだと。金曜日に初日が開いて、続く土・日の直後の平日の6ステージは、チケットの売れ行きがよくないのだとか。いまは、タカラヅカでも、初日や土・日にいちど見てから、あるいは、そこでの評判を確かめてからチケットを買い足すか否かを決める様子見のお客さんが多いらしい。
だとしたら、逆に考えれば、タカラヅカ初心者が、いちど見てみようと思ったら、そのあたりの日程がねらい目なのだろうか?