海沼實の生涯


海沼実「最後の童謡作曲家 海沼實の生涯〜天才作曲家の一生と名作の誕生秘話〜」
(ノースランド出版、1400円税別)

を読んだ。本年は、海沼實生誕100年とのことだ。

海沼實といえば、数々の名曲を書いた作曲家であり、音羽ゆりかご会を主宰し、戦中・戦後に童謡歌手として活躍した川田正子の師としても広く知られた人物。これは、その海沼實の伝記である。

著者の名が字こそちがえ「海沼実」となっていて、どういうことかと戸惑ったが、著者は海沼實の孫に当たり、現在は、音羽ゆりかご会を継承しているとのことだ。

実孫の手になるだけに、海沼實の生い立ちや彼をとりまく人間関係がひも解かれるとともに、「童謡」の置かれた状況など、はじめて知ることがほとんどで、興味深く読んだ。

が、いささか引っかかるのは、以下のような点である。

川田正子、孝子姉妹の母・須摩子と海沼實の内縁関係(晩年に到り結婚)のときに出来た子が川田(海沼)美智子で、著者の実母だというのには、おどろいたが、そのため、同書には、音羽ゆりかご会を守った美智子の正当性を主張するところがあり、音羽ゆりかご会から独立して森の木児童合唱団をつくった川田正子の行動に対して、批判的である。

しかし、戦前という時代にあって、須摩子と海沼實の不倫関係のなかで妹・美智子が生まれているという事情を考えたとき、後年の川田正子の活動を批判的にいう著者の文脈に私は全く頷けないし、実母と音羽ゆりかご会を正当化するための本という印象が拭えない。川田正子亡きあとの、森の木児童合唱団解団までも、その文脈のなかに記される。

貴重な内容でもあるだけに、そのあたりのいい分をあえて抑えて伝記に徹することが出来なかったかとの憾みが残るが、むしろ、著者の立場の明瞭さを是として読むべきかも知れない。