奇跡の人 (シアターコクーン)
10月28日(水)に、シアターコクーンで
「奇跡の人」
(ウィリアム・ギブソン 作、常田景子 翻訳、鈴木裕美 演出)
を見た。
昼の部で、午後1時開演。
劇場に表示されていたタイムテーブルは、
一幕 1時間5分、休憩 15分、二幕 1時間5分、休憩 10分、三幕 50分
で、トータルの上演時間は、3時間25分。
(この回は、カーテンコールが終わったのが、ちょうど4時30分くらいだった)
前回のホリプロ主催公演(同じ演出家による2006年青山劇場)の上演時間は、
http://d.hatena.ne.jp/kamuro/20061005/p1
『一幕 60分、休憩 15分、二幕 60分、休憩 10分、三幕 45分』だったから、各幕、5分程度前回より長くなっているといえる。
公演プログラム、1500円。(トートバッグ付きプログラム、2000円) ポスター、1000円。
キャストは、過去ログ↓に追記で、役名を付した。
http://d.hatena.ne.jp/kamuro/20090707/p1
「奇跡の人」を見るのは、これが、5カンパニー目になる。
ホリプロの主催公演としては、2003年、2006年、そして今回で、いずれも鈴木裕美演出のもの。
鈴木裕美演出の「奇跡の人」は、以前から喜劇的な味付けが顕著で、そのために、アニー・サリヴァンとヘレン・ケラーのシリアスなぶつかり合いよりも、障害を持つ子どもを抱えた家族の問題を鮮明に浮かび上がらせていたのだが、今回は、ヘレンの父・アーサー・ケラーにも喜劇畑の俳優(佐藤B作)を配したため、シーンによっては、コミカル度がさらに増している印象だ。
サリヴァンとヘレンの格闘シーンも、アクションコーディネーターが入っていて演技というよりは擬斗だから、迫力があって面白い反面、段取りめいて大仰に感じられるのも、鈴木裕美版「奇跡の人」では相変わらずである。
前回(2006年)公演で田畑智子が演じたアニー・サリヴァンは、ヘレンと向き合うことで、自身の過去を克服しようとする若い女性の成長ストーリーとして秀逸だったが、今回の鈴木杏のアニー・サリヴァンを見ていると、むずかしい障害のある子どもを持って硬直し、閉塞した家族の前に現れ、その不健全ながら安定していた状況を揺さぶる、トリックスター的な役割りを担っているのだと思わされる。
アニー・サリヴァンが、ケラー家にとってのトリックスターだと考えれば、「奇跡の人」におけるケラー家の側のドラマは、より明瞭に見えて来る。
とくに、中尾明慶のジェイムズ・ケラーがひねらない演じ方なので、アーサーとジェイムズの父と息子の関係が、今回公演ではずい分と分かりやすいのが、いい。(前回公演のジェイムズはその不良っぽさが役のイメージとずれていたし、前々回のジェイムズではシニカルさが強過ぎた気がする)
高畑充希のヘレン・ケラーは、とても上手いのだけれど、あそこまで表情を大げさにつくらないといけないのかな、という疑問が少々。
戯曲では「声」となっている部分を、セアラ役の子役(所見の回は、高木希望)他のキャストが、影絵のように演じて、声だけでなく、視覚的にも見せる演出は、2006年公演と同じ。
最前列での観劇で、犬が目の前を走ったりするのは、面白かったけれど・・・サリヴァンの部屋(ケラー家の2階部分)の場面では、下から見上げるかたちになって、半分ぐらいが見えなくなってしまう。
「奇跡の人」という舞台は、むかしに見たときは、ひたすら子役が演じるヘレン・ケラーを見ていた。その後、(大人の)女優がヘレンを演じる舞台を見たことで、ケラー家の家族のドラマとしての面白さに気付いたのだったが、それでも、ローティーンの子が演じるヘレンをまた見たいと思う。