通し狂言 新皿屋舗月雨暈−お蔦殺しと魚屋宗五郎−(国立劇場大劇場)


3月10日(火)に、国立劇場大劇場で、

国立劇場3月花形歌舞伎公演
「通し狂言 新皿屋舗月雨暈−お蔦殺しと魚屋宗五郎−」

を観劇。

11時半開演。30分の幕間を含めて、上演時間は、3時間弱。

歌舞伎公演にしては短いが、一般的な演劇公演なら、ほどほどの上演時間でもあり、疲れをおぼえることもなく、若手花形による歌舞伎の面白さを十二分に楽しめる内容。


プログラムは、700円。他に、上演台本と、資料集の販売あり。


国立劇場での観劇は、しばらく振りの気がするが・・・国立劇場に歌舞伎見物に来たときには必ず食べる700円のサンドイッチが、720円に値上がりしていた。20円とはまた妙に細かい値上げである。


最近の歌舞伎公演にしては客入りはいまひとつかも知れないが、おかげで、1階の2等席で、希望の席位置があっさり買えたのはうれしいこと。花道のすぐ外側の席は、所作板が敷かれると一部座席からは本舞台が非常に見づらくなるのだが、所作板を置かない演目であれば花道際の臨場感もあり、私にはこれで充分である。ただし、今月は、下手前方端の席では、「宗五郎内」の三吉(亀寿)が見えないことが多い。


「魚屋宗五郎」は前進座も合わせて数回見ているが、「お蔦殺し」の幕を見たのは、もちろんはじめて。

簡単にいってしまえば、宗五郎内の場でおなぎ(梅枝)が語る「お蔦殺し」のいきさつが、弁天堂、お蔦部屋、井戸館の3場にわたって実演される訳だが、これが思った以上の面白さ。加えて、後半、いつもの「魚宗」になってから、そのおなぎが語るいきさつの「お話し申すも涙のタネ」以下のセリフで、観客はつい先刻見たばかりのシーンをおさらいすることにもなり、この反芻がまた効果を生むという仕掛けにもなっている。

「お蔦殺し」では、酒乱を落ち度に殿様を隠居させ、幼な子を跡目に、御家を私(わたくし)せんとする用人・岩上兄弟の企みも示されるので、お家騒動の事情もあらかた理解出来る。


まずは、磯部邸弁天堂の場で、幕が開くと、まもなく、黒衣が動かす「猫」が本舞台に登場する。この猫は、ふた晩も帰らないということで、殿様の愛妾お蔦(孝太郎)が探している飼い猫なのだが、見たところ、三毛猫であった。

このあと、弁天堂で、岩上典蔵(亀蔵)の横恋慕を固く拒んだお蔦が、自分は「男猫さえ飼わぬほど、身をつつしんでいる」というセリフがあるが、なるほど、三毛猫というのはほとんどがメスで、オスの三毛は稀少といわれる。そこで、見た目にメスだと分かるネコ、「男猫さえ飼わぬ」というセリフに相応しい猫を舞台に登場させているのだろう。この猫が、にゃおんと典蔵に飛びかかるところが、面白い。


猫といえば、戸板康二「歌舞伎 ちょっといい話」(岩波現代文庫)のなかに、玉三郎がお蔦をしたときに猫の名前が「玉」ではいいにくいので、猫の名を変えたという説、が紹介されている。著者は、真偽は確かめていないとぼかしているのではっきりしないが、この「新皿屋舗月雨暈」で飼い猫の名が「駒」になっているのは、そういうことによるのだろうか?
たしかに、玉三郎が「玉や」「タマや」といって花道を出て来たら、笑うお客さんがいるかも知れない。

上演記録を見ると、玉三郎は、昭和50年9月の歌舞伎座でお蔦(弁天堂のみ)を演じている(といっても、そんなむかしのことは、私には分かりませぬが…)。


続く、磯部邸お蔦部屋の場。

ここで、まずおどろいたのは、おなぎがお蔦の召し使いで、つまり主従の関係になっていることだ。これまで、おなぎというのは、同じ磯部邸で奥づとめをしている女中で、お蔦と仲のよかった同僚のような立場なのかと思っていたが、そうではなく、屋敷内でお蔦に仕えていた訳だ。この場には、磯部邸の腰元たちが別に登場する。

歌舞伎座の筋書など見返すと、役名は「磯部召使おなぎ」だが、ものの本、それこそ、戸板康二の「歌舞伎 ちょっといい話」に収録の文章には『腰元のおなぎ』『朋輩だった腰元』と書いてあることも手伝って、おなぎがお蔦の召し使いとは思いがけなかった。


このあとが、磯部邸井戸館詮議の場。

磯部の殿様・主計之介(友右衛門)は本家との折り合いがよくないらしく、魚屋の娘を側妾にしたことでも本家から嫌味をいわれるなど心労の種になっていることが、岩上兄弟との会話で語られる。これが、酒を過ごしたところでお蔦の不義を吹き込まれ、可愛さ余って憎さ倍増し、手討ちにまで及ぶ逆上の一因ともなる。

呑むと悪酔いして癇癖が十倍するという主計之介だが、舞台での酒乱ぶりはさまでもなく、むしろ、殿様の酒癖の悪さを利用して、自分らに都合の悪いお蔦を始末させようとする岩上兄弟の策にはまったという感じに見えるえがき方。もともとは旗本と魚屋の、ふたりの酒乱を見せるという趣向というが、後の場(磯部邸庭先)のことを考えれば、殿様の酒乱の様をひどく強調するよりも、お家騒動の側面を印象付けるほうが、筋としてはすっきりして、いい。


幕間のあとは、いつもの「魚屋宗五郎」。

妹の戒名をもらっての帰り道、宗五郎(松緑)と花道ですれちがう鳶の吉五郎(萬太郎)。演じる役者が若いからか、宗五郎は吉五郎を「きっちゃん」と呼んでいた。

宗五郎は、酔って目が据わったところがリアル。おはま(孝太郎)が、いい。前半のお蔦以上に、こちらが馴染んで見える。


出演の子役は、すでに書いたとおり。
 http://d.hatena.ne.jp/kamuro/20090311/p1

酒屋丁稚の黒川樹くんは、丁稚や小僧をさせたら、とても上手い。


(この10日は、夜には、シアターサンモールでミュージカル「冒険者たち」の2度目の観劇だったが、それは、また別の話ということで)