TYバレエ 佐藤崇有貴 平塚由紀子バレエスタジオ 2008バレエコンサートVol.6「Nutcracker 胡桃割り人形とねずみの戦い」


すでに先週のことになるが…

6月1日(日)に、江戸川区総合文化センター 大ホールで、

TYバレエ 佐藤崇有貴 平塚由紀子バレエスタジオ 2008バレエコンサートVol.6「Nutcracker 胡桃割り人形とねずみの戦い」

を見た。

過去ログのこの(http://d.hatena.ne.jp/kamuro/20080414/p2)公演である。

演出・振付・指導:佐藤崇有貴、平塚由紀子
振付・演出アドバイザー:江藤勝己

以下、雑感。


2回公演あって、マチネが午後1時開演、ソワレが午後6時開演。

公演プログラム、1000円。

客席に入ると、生演奏ではないのに、オーケストラピットがあって、1階客席は6列から。ただし、6列には誰れも座っていなかったから、チケットは7列を最前列として出していた模様。オーケストラピットのスペースは、ねずみの登場で使用されたものの、このピットのスペースはちょっと謎。


TYバレエ版「くるみ割り人形」の全幕公演であるが、その前に、TYバレエのメンバー(生徒さんたち)が揃うオープニング。つづいて、生徒さんたちによる「おもちゃの行進」と「シンコペーテッド・クロック」の2作品が付く。

15分の休憩のあと、「Nutcracker 胡桃割り人形とねずみの戦い」全2幕(途中、幕間が15分)。

マチネとソワレでは演出がちがい、マチネはスタンダード版、ソワレはオリジナル脚色版での上演。TYバレエの「くるみ割り人形」全幕公演は今回が2度目となり、プログラム等によれば、前回は2004年にオリジナル版を初演している。

見たところ、振付は、マチネもソワレも基本的に同じようで、はっきりちがうのは、第1幕のパーティーのシーンでの(クララと、それに絡む一部キャストの)演技、第2幕でクララが夢の世界から広間に戻ったあとのエピローグのシーン+幕の切り方、ということになろう。


順序は逆になるが、まず、再演というかたちになっている、ソワレのオリジナル脚色版で、「Nutcracker 胡桃割り人形とねずみの戦い」をざっと概観。


幕開き、子どもたちの粉雪の踊りで、外の雪景色を見せておいて、紗幕越しに、ドロッセルマイヤー(市川透)が彼の部屋で何やら準備をする様子。続いて、パーティへ向かうひとたち、家族連れが、幕前を下手から上手へ、クララの弟(秦章悟)も外へ出て来たりがあって、紗幕が上がるとスタールバウム家の広間。

少女クララ(廣田奈々)、クララの両親のスタールバウム夫妻(佐藤崇有貴、平塚由紀子)、クララの弟、祖父母に、執事、お客様たちによるクリスマスパーティーのシーンには、特徴的なことがふたつある。
ひとつは、フリッツ(吉本泰久)がクララの踊りのパートナーとして登場し、クララの弟とは別の存在であることだ。衣裳からすると士官候補生の青年という設定なのだろう。もうひとつは、クララがドロッセルマイヤーからもらったくるみ割り人形を取り合って壊してしまうのが、クララの弟ではなくパーティーのお客さまの女の子であることだ。クララの弟に人形を壊した責任を押し付けたりもするお転婆で気の強そうな女の子をクララと対比させたあたりは現代的なアレンジで面白い。

そして、TYバレエオリジナル脚色版は、思春期のクララの父親に反抗する気持ちを織り交ぜるということで、スタールバウム氏が話しかけても無視するなど、パーティーでのクララは、終始、父親を避ける様子を演じる。


パーティーに現れたドロッセルマイヤーは、ハンカチを飛ばして見せたり、クララの弟を空中に浮き上がらせたりして皆をおどろかせる。カッコー時計も光る。ドロッセルマイヤーが連れてきた人形たちの踊りでは、刺されて倒れた人形を見てクララが悲しがるというシーンがあって、これが後の場になって、ねずみと戦うくるみ割り人形にクララが加勢する行動につながる伏線ともとれる。

パーティーがお開きになりお客様が帰り、執事たちも引き上げた夜更け、くるみ割り人形のことが気になったクララが広間にやって来るのは定番どおり。クララが、舞台奥のクリスマスツリーの前にくるみ割り人形を見つけると、ねずみたちが現れる。セットが取り払われてツリーが大きくなる。ボーリングのピンのような並びで、着ぐるみの子ねずみたちが舞台の上にどんどん増えて行くのは、なかなか壮観。おどろくクララの背後、オケピットのなかからも子ねずみたち、そして、ねずみの王様(村山亮)が登場。プログラムによれば、王様も合わせて、ねずみは総数30匹だ。

舞台下手奥にクララが追い詰められて、ねずみたちに埋もれてしまうが、ここで、クララが抱いていた人形が大きくなったくるみ割り人形(上瀧達也)が現れて、兵隊たちも登場、ここから、くるみ割り人形&兵隊 vs ねずみたちの戦いになる。

後ろで一匹目立って飛び跳ねている子ねずみがいるなと思うと兵隊に狙撃されたり、えさに釣られたねずみが二匹、罠にかかって捕獲される、負傷したねずみを担架で運んだりと、楽しい演出が散りばめられる。クララがねずみの王様に投げつけるのは、スリッパでなく、ハート型をしたクッションのようなもの(大きくなったツリーの飾りだろうか?)。くるみ割り人形の剣がねずみの王様を倒すと、クララを残して、明かりが落ちるが、舞台上手では、ねずみが一匹、なおクララのほうへ行こうとするのをもう一匹がその手を引っぱって止めていた。去り際に、明かりの当たっていない舞台でそんな演技をしている子ねずみたちが、とっても秀逸!

王子の出は舞台奥で、くるみ割り人形の衣裳とマスクを、左、右と順に引き抜いて行き、王子(佐藤崇有貴)の姿になるという趣向だが、この仕掛けは「いかにも」という感じもあり、むしろ、ライティングなどで見せるほうが効果的かも知れない。


このあとは、クララと王子のパ・ド・ドゥになるが、これが出色のすばらしさ。王子登場後の、いわゆる「情景(冬の松林)」の曲をまるごと、クララが王子を相手に踊る。クララが子役だと、王子とのパ・ド・ドゥがあってもさわりだけで、すぐに雪の女王にバトンタッチとなる演出も多いのに、このTYバレエ版は(マチネ、ソワレとも)、ここで子役のクララに存分に踊らせる。クララもきれいに回るし、子役とあってリフトも軽やか。

そして、王子は、つい先刻までクララが反抗的な態度で避けていた父親のスタールバウム氏にそっくりなのである。つまり、オリジナル脚色版では、クララの父親と夢の世界の王子を同じダンサーが演じることで、王子とクララに、父と娘のイメージをも重ねる仕掛け。

廣田奈々さんのクララには、そんなオリジナル脚色版に相応しく、雰囲気があり、クララと王子のアダージョの美しさは、この舞台の白眉だ。

続いて、雪の女王(平野奈々美)、雪の王(山口章)で、雪のワルツ。コールドバレエを担うのは主にジュニアのダンサーたちだが、なかなか上手く振付けてあって、ソリストと合わせて30人を超える群舞が目を飽きさせない。

第1幕の最後に、クララと王子が、雪の国からお菓子の国へ旅立つのに気球に乗る演出を楽しみにしていたが、じっさいに見てみると、気球のゴンドラは、意外と簡素なつくりであった。


第2幕は、クララと王子が乗った気球が、舞台を上手から下手へ飛んで行く、ゴンドラのフライングシーンからのスタート。気球を降りたふたりのあとから、子ねずみたちが数匹現れ、地図を見ながら、お菓子の国を目指して進んで行くのが面白い。

お菓子の国に到着し、歓迎されるクララ。クララがマイムで、くるみ割り人形とねずみの戦いの様子を金平糖の精(平塚由紀子)に語りはじめると、ちょうどいいタイミングで、件の子ねずみたちが入って来て、戦いの再現が少しある。子ねずみたちがチーズに惹かれて退場したあと、ドロッセルマイヤーと並んで下手の椅子に座ったクララの前で、各国の踊りの披露となる。

アラビアの代わりにジークという踊りが入って、スペイン、ジーク、チャイナ、トレパック、葦笛、ケーキボンボン。スペインからあし笛までは、おおむね、TYバレエのダンサー(生徒さん)にゲストが加わる布陣での構成。
なかでは、男性ダンサー3人によるトレパック(土方一生、八幡顕光、西島勇人[ソワレ]、上瀧達也[マチネ])の力感が印象的。

ケーキボンボンは、子どもたちが10人。後半はクララが入って、クララの踊りになる。
TYバレエ公式サイトにある、2004年公演の舞台写真を見ると、初演時はジゴーニュおばさんのスカートのなかから子どもたちが出て来るという演出を採ったものと思われるが、今回は、クララとお菓子の子どもたちの踊りだ。

小さい子どもたちを登場させたり、終盤にはクララも踊ったりの花のワルツがあって、グラン・パ・ド・ドゥ。オリジナル脚色版では、スタールバウム夫人役のダンサーが金平糖の精を踊るから、つまり、クララは夢の世界に遊びながら、あこがれの金平糖と王子に、両親の姿を重ねて見ることになる。この設定はここでも効果的に観客の想像力を刺激する。


終幕のワルツのあと、広間に戻って、クララの幕前。ドロッセルマイヤーに導かれて、クララが上手の椅子で眠ると(椅子までポアントで移動するクララが、かわいい)、やがて、スタールバウム夫妻とクララの弟が、クララを探して現れ、彼女を起こす。父へのわだかまりもすっかり消えたクララは、スタールバウム氏に寄り添う。家族4人が仲良く下手へ去るのを見送るドロッセルマイヤーの姿で、オリジナル脚色版は幕となる。

ドロッセルマイヤーがクララに見せた夢が、ギクシャクしかけていた父娘の関係を修復する。それこそが、ドロッセルマイヤーからのクリスマスプレゼントだった、と見ればいいだろう。クララが夢の世界を旅して精神的に少し成長して帰って来る、という(ミュージカルやファンタジーによくある)結末にもなっている。


さて、これに対して、マチネで上演されたスタンダード版では、スタールバウム氏に素っ気ない態度をとるような演出はない、ストレートなクララだ。
主要キャストも、スタールバウム氏(正木亮羽)と王子(佐藤崇有貴)、スタールバウム夫人(平塚由紀子)と金平糖の精(土井亜莉沙)にはそれぞれ別のダンサーが配されて、クララ(稗田来夢)が体験する夢の世界の登場人物にクララの家族を重ねるような設定はない。
エピローグも、ドロッセルマイヤーは紗幕の向こうへ去って、もとの広間に戻ったクララが、くるみ割り人形を抱いての思い入れで幕を切るオーソドックスな終わり方。

マチネのクララ、稗田来夢さんが、かなりの出来物(できぶつ)。溌剌としてかわいく、演技も上手い。クララの踊りは、一般的な「くるみ割り人形」の子役としてはかなり多いのだけれど、どれをも自分のシーンにしてしまえる華があって、ちょっとぐらついたりしてもそれを消し飛ばしてしまう、とにかく魅力が満開。子役としてのいい時期に役を得たことによる相乗効果を舞台から感じた。
このクララを見ることが出来たことは、幸運である。

クララ役だけでなく、ソワレで踊った(パーティーの場での)兵隊人形の踊りも目を惹いたし、雪のワルツでもどこにいるのか探さずにはいられなかった。


それにしても、スタンダード版と、オリジナル脚色版と、それぞれのバージョンにぴったりなクララが揃っていたものである。(というより、ふたりいたから、2回公演を別バージョンで上演、という企画になったのか…)


終演は、マチネが3時45分頃、ソワレが8時47分ぐらいだった。


楽しんだ2公演だったが、ひとつ残念だったのは、カーテンの上がり方が中途半端なのか、下手寄りの席位置だったマチネでは、カーテンに隠れて舞台の下手側が見えなかったこと。たとえば、2幕のディヴェルティスマンのときに椅子に座っているクララが見えない、1幕のパーティーではカッコー時計のあったあたりは全く見えない状態。

いちばん端のブロックの座席からなら多少見えなくても仕方ないだろうが、さほど端の席でもないのに死角が生じてしまうのは、ストレスになる。2回のステージを別の席位置から見たのが幸い、見えなかったシーンを補うことは出来たが。


なお、TYバレエは、12月14日(日)に、江戸川区総合文化センター創立25周年公演として、「白鳥の湖」全幕を上演(演奏:江戸川フィルハーモニーオーケストラ)するとのことである。チラシが配布されていた。