前進座五月国立劇場公演を観劇。

5月22日(火)に、国立劇場大劇場で、

前進座5月国立劇場公演「歌舞伎十八番の内 毛抜」(演出補:小池章太郎)「新門辰五郎」(作:真山青果、監修:巌谷槇一、補訂・演出:津上忠)
を観劇。

11時30分開演。
30分と15分の幕間があって、3時15分までとなっていたが、じっさいの終演は3時20分。場内に表示されていた時間割よりも「毛抜」が4、5分長くかかったから、そのせいだろう。


この日、千秋楽。
また、5月22日は、前進座創立記念日とあって、「毛抜」の最後、幕外になっての花道では、粂寺弾正(嵐圭史)から、千穐楽で創立76周年の記念日、身に余る大役をつとめ了えることが出来ました…といったセリフが入り、客席を沸かせた。粂寺弾正の引っ込みでは、手にしていた太刀の扱いを思案して、担ぎ直したり、腰に差したりと、たっぷり見せる。この日は、裃後見が腰に佩かせるのに手間取ったので、さらにたっぷりだった模様。

粂寺弾正の登場からは、ぐんと面白くなったが、その前段階がなんとなく沈んだ調子で、人物が際立たない感じがしたのだが・・・これは、前進座の芝居を見る機会が少ない私の側の問題だろうか?秦秀太郎(嵐広也)の若衆姿を楽しんだ。

隣席のお客さんは、「毛抜」がはじまって早々から気持ちよさそうに寝ておられたので、万兵衛(藤川矢之輔)が出て来たときには、よっぽど、あれが伝七の子分だわいなァ、とでもいって起こしてやりたくなったが、もちろんそんなことはしなかった。


公演プログラム、1000円。

国立劇場までの途次、永田町まで地下鉄の車中で、「婦人公論」の田村正和インタビューを読んでいた(http://d.hatena.ne.jp/kamuro/20070523/p1)ものだから、「若さま侍捕物帳」の頃を思い出してしまい(29年前に放送されたこの時代劇は、前進座の俳優がユニット出演して脇を固めていた)、今公演プログラムの写真を見るにつけ、みなさん老けちゃったのねぇ、と感慨ひとしお。プログラムには、主要俳優の、前進座劇場周辺で撮った写真が掲載されている。


ロビーに「龍の子太郎」のチラシがあって、私が、中村梅雀という俳優をはじめて舞台で見たのが、「龍の子太郎」の太郎役だったことも思い出した。といっても、前進座の公演ではなく、こどもの城開館5周年記念として上演された、日本のミュージカル「龍の子太郎」(脚本・演出を横浜ボートシアターの遠藤啄郎が手がけた)という舞台で、1991年に同じ青山劇場で再演されたおりに、それを見に行ったのだった。
が、青山劇場で見た、当時30代半ばの丈は、ミュージカルには適任とは思えず、子どもの役を演じていたこともあり、このひとが跡取りで前進座は大丈夫なのかしら、などと失敬な感想を抱きもしたのだが・・・年を経て、現今の活躍は、映像を含めて、昇龍の如きである。


さて、その中村梅雀新門辰五郎が、すばらしく見ものであった。昨年の「謎帯一寸徳兵衛」の徳兵衛役でも口跡のよさや、小気味のいい切れ味ある演技が際立って鮮やかだったが、「新門辰五郎」ではそれを上回る好漢ぶり(2時間ドラマや「釣りバカ日誌」で見る梅雀丈とはひと味ちがうのである)。柄がある訳ではないのに、ここまで、いい男だなぁ、と思わせるのは、役者の芸の力というものか。

このひとが、中村勘三郎と同い年だというのは、いろんな意味で面白い、と思う。


十四代将軍のお供人足として組下を率いて上洛した新門辰五郎だが、一橋慶喜との縁から水戸家に近い立場にあり、その義理から水戸天狗党の浪士を匿っている。京都守護職松平容保の中間部屋を仕切る会津小鉄(藤川矢之輔)との侠客同士の意地の張り合いに、会津藩と水戸家の政治的な関係が重なる。将軍家のお供の身でありながら攘夷派の浪士を匿ったために立場に苦しんでいた辰五郎が、いざ火事となったときに、火消しの本分に立ち返る。このシーンが、幕切れでの(いささか分かりにくい)小鉄との和解に到る気持ちの変化を、観客に納得させる下地にもなっている。
木遣りとともに「を組」の面々が舞台に揃い、火事装束に着替えた辰五郎を先頭に、花道を火事場へ急ぐシーンは、圧巻のおもしろさだった。


子役が演じた辰五郎倅丑之助(西田欧誼・榎本光のダブルキャスト。観劇日の出演は、西田君とのこと)は、辰五郎が匿っている浪士に頼まれて密書の仲介をしたことから、新門と会津の対立に巻き込まれる役。最初の場と、最後の場に出番がある。
(鳶の頭で侠客の)辰五郎の倅ということから、ちゃきちゃきしたいなせな子どもが登場するのかと思っていたのだが、お店(たな)の坊っちゃんのような印象だから、祇園社石鳥居前の場での見せ場のセリフが、おっとり聴こえるところがあった。この子役のつくりは、戯曲の指定なのだろうか?
(大人を向こうに回して、多少の理屈がいえないといけない役だが、芝居で人質にされる子どもにしては設定の年齢が大き目でもあり、歌舞伎の子役としてはむずかしさがあるのかも知れない)

[追記] 辰五郎倅丑之助の設定について、後日、ご教示をいただきました。丑之助は辰五郎の先妻の子で、辰五郎が後妻を迎えたために、妾のお六(河原崎國太郎)と絵馬屋の勇五郎(中村梅之助)に預けられ、お六が丑之助の母親代わりとなって育てている、とのことです。


中村梅之助丈の声の通りがよくないのが気になったが、これは仕方がないのか。


なお、来年の前進座五月国立劇場公演は、「歌舞伎十八番の内 勧進帳」と、真山青果作「天保遊侠録 勝小吉と麟太郎」で、2008年5月11日〜21日と発表されている。来年の日程は、劇団の創立記念日には、かからないようである。

2008年の国立劇場公演も期待大。