名女形・雀右衛門



渡辺保「名女形雀右衛門」(新潮社、1700円+税)

を読んだ。



250頁にわたる書き下ろしだが、読みどころは多くない。

大方を、近年を中心に、中村雀右衛門が演じた各役の批評が占めていて、演劇評論家の著者特有の筆致で、あまり面白いものではない。退屈である。著者がインターネットで発表している劇評などを読んでいれば、それで充分ではあるまいか。



読み応えがあるのは、本の中軸ともいうべき『雀右衛門の人生』の章で、105頁からの30頁弱である。祖父、父の略歴からはじまり、広太郎を名乗った人気子役時代、若手立役になるが出征、戦争中に父を失い、戦後歌舞伎に復帰して女形になるがまもなく岳父を亡くす。その後は映画に出演、関西歌舞伎へ流れ、のちに雀右衛門を襲名。歌右衛門梅幸の死後、女形として開花するまでの役者人生の紆余曲折と時代・社会の変遷を重ねた論旨に説得力がある。



あえて、もしどちらか、という二者択一をするのなら、以前に読んだ、中村雀右衛門本人の語りによる「私事 死んだつもりで生きている」(岩波書店)のほうが好著だと思う。