「放浪記」新旧比較 その3
「放浪記」
(林芙美子作品集より、菊田一夫 作、三木のり平 潤色、北村文典 演出)
10月22日(木)に、シアタークリエで、仲間由紀恵主演公演を3度目の観劇。12時開演の回。
ここ(http://d.hatena.ne.jp/kamuro/20151022/p1)にも少し書いた。
ということで、もう少しだけ、森光子さん時代の「放浪記」との新旧比較を続けてみましょう。
その1(→http://d.hatena.ne.jp/kamuro/20151015/p1)、その2(→http://d.hatena.ne.jp/kamuro/20151018/p2)からの続きで、その3です。
今回公演では、第一幕(本郷・大和館)から第二幕(カフェー寿楽)への転換の間にも、詩のナレーションが入るようになったことはすでに触れたが、その詩は、第四幕と同じく「放浪記」のなかから採られていて、新潮文庫版「放浪記」だと、266ページ、280〜282ページ。岩波文庫版「放浪記」だと、268ページ、282〜283ページのあたりになる。
かつてのカフェー寿楽の場といえば、若き日の菊田一夫青年が、止まりかけた蓄音機のゼンマイを巻くシーンが印象的だったが、今回公演ではそれはなくなって、蓄音機の音楽も止まりかけたりはしない。
第四幕で、世田谷の家を訪ねて来た日夏京子と白坂五郎が、芙美子と福地貢が住むその借家を見て、家賃はいくらぐらいかと話すセリフは、今回の仲間由紀恵版ではなくなっている。
南天堂(での出版記念会)の場の冒頭について改めて書くと、以前の森光子版では、(初演戯曲にあるところの)Aグループ、Bグループ、Cグループ、Dグループの会話が順番に演じられたが、今回の仲間由紀恵版では、それらのセリフが同時進行していて、ガヤのようになっており、すぐに司会者の登壇になるといった流れである。
今回公演では、出版記念会が終わり、日夏、白坂、村野の3人が去ったあと、藤山武士が芙美子にかける言葉から、「あんたには悪意はなかった。それは僕がよく知ってるよ」という部分がカットされた。
と、目立った異同は、ざっとピックアップ出来たと思うので、「放浪記」の新・旧比較は、ひとまず、このぐらいで。
なお、今回公演の第三幕、尾道の場の、行商人の子のご飯の食べ方は、演じる子役によって微妙にちがいがあるようだ。