さいたまネクスト・シアター第5回公演『2014年・蒼白の少年少女たちによる「カリギュラ」』(彩の国さいたま芸術劇場 インサイド・シアター)


彩の国さいたま芸術劇場開館20周年記念

さいたまネクスト・シアター第5回公演
2014年・蒼白の少年少女たちによる「カリギュラ

(作:アルベール・カミュ、翻訳:岩切正一郎、演出:蜷川幸雄)


全14ステージ行なわれた公演のなかから、2月20日(木)と、27日(木)に観劇。両日とも、午後1時開演。

上演時間は、90分+休憩15分+90分。

会場は、彩の国さいたま芸術劇場 インサイド・シアター(大ホール内)。全席自由。

客席は、座席表↓にあるとおり、
http://saf.or.jp/uploads/files/%E3%82%AB%E3%83%AA%E3%82%AE%E3%83%A5%E3%83%A9%E5%BA%A7%E5%B8%AD%E5%9B%B3%283%29.pdf

大ホール内のインサイド・シアターは、四角形のアクティングスペースの3辺を雛段状の客席が囲んで、もう1辺は、鏡の壁になっている。その鏡の壁は適宜開閉して、キャストが登・退場する(鏡の向こう側は、ステージの奥舞台)。鏡に正対する客席が、いわば正面席になるかたち。招待者用の座席の多くは、この正面側に設けられていたようだ。

座席配置としては、一昨年に見た「ハムレット」のときと同じかたち。1列が14席で、5列。これが3辺に配置されているので、満席だと210席。演劇の空間としては、なかなか贅沢なスペースだ。

20日は満席ではなく、けっこう空席があったが、27日の千秋楽は満席に加えて、階段通路に座る補助席(桟敷席という名称だったか?)が出ていた。(補助席も足せば、満員で、240人ということになりそう)

鏡に正対する正面の席位置だと、座っている自分の姿が鏡に映っているのを自分で見ることになりそうで、ちょっといやだなと思ったので、1回目の観劇では、サイドの座席の鏡からは遠い位置の席に座ったところ、高橋英希くんを見るにはよかったので、2度目もほぼ同じ席位置から見た。


当日配付された配役表を見ると、今回は、2月1日の時点で発表されていた予定配役から、とくに変更はなかった模様。

2回の観劇は、ダブルキャスト、複数キャストが組まれた3役とも全く同じ配役だった。これは、意図してチケットを買ったのではなく偶然だったのだが、そもそも顔と名前が一致する出演者はせいぜい7、8人だから、同じ配役でリピート出来たのはかえってよかったように思う。

両日とも配役は、下記。


カリギュラ: 内田健司
セゾニア: 周本絵梨香
エリコン: 小久保寿人
シピオン: 砂原健佑
ケレア: 川口覚
老貴族セネクトュス: 手打隆盛
第一の貴族: 堀源起
貴族メテリュス: 松崎浩太郎
貴族レピデュス: 浦野真介
貴族オクタヴュス: 鈴木彰紀
財務長官パトリシュス: 松田慎也
メレイア: 鈴木真之介
ミュシュス: 高橋英希
貴族リュシュス: 竪山隼太
貴族カシュス: 續木淳平
ミュシュスの妻: 田中りな
貴族: 浅場万矢、茂手木桜子、長内映里香、浅野望、市野将理、坂辺一海、白川大、堀杏子、呉美和、佐藤蛍、田中りな、安川まり
貴族、第一の詩人: 阿部輝
貴族、第二の詩人: 竹田和哲
貴族、第三の詩人: 平山遼
貴族、第四の詩人: 吉村照道
貴族、第五の詩人: 高橋英希
貴族、第六の詩人: 井上夕貴
貴族、第七の詩人: 銀ゲンタ
衛兵: 松田慎也、平山遼、市野将理、坂辺一海、郷園高宏、鈴木真之介
奴隷: 市野将理、郷園高宏
ダンサー: 鈴木彰紀、竪山隼太、鈴木真之介、松崎浩太郎


(複数キャストになっている場合、メインの役を演らない回も貴族役で出ていたようだから、出演は34人)

配役にあるダンサーというのは、第二幕のはじめに、男4人で4羽の白鳥を踊る役。この時代に白鳥の湖は、まだないだろう、などとそういう些末なことが気になってしまい、仕方なかった。


カリギュラ」は、はじめて見た。そもそも、「カリギュラ」に関する予備知識もほとんどなく観劇に臨んだので、けっこうしんどく感じるところもあった(とにかく、あの椅子は、おいどが痛くて、3時間以上は辛い)が、2度目の観劇では、自分なりに楽しめた。

この芝居を見て思うのは、権力というものが、システムのなかにとどまって機能しているうちはいいが、権力者が暴走して独裁をはじめると、それを除くまでには一定の時間と準備が必要になるという教訓。

日本でも、たとえば「忠直卿行状記」や「十三人の刺客」などにえがかれたように、狂気の権力者の行状というのは洋の東西を問わず、普遍的なテーマとして注目されるものだということ。

そして、これは作品選定や演出のねらいでもあるようだが、他人には理解しがたい理屈をもって暴君と化す若きカリギュラの心性と孤独は、きわめて今日的で、権力の有無とは関係なく、いまの日本の若者(いや、とっくに若者ではない私のような人間も含めて)の内面とも共通する部分があるのだということ。


それにしても、カリギュラがビーナスになったときのヌードがすごかったな。隠れているのは男性器のみの極小紐パン姿のほぼ全裸で。見せられる身体をつくることも役者の仕事のうちだろうけれど・・・あれは、演出家の趣味なのか、それとも、女性客はよろこぶのか?

貴族たちが一様に赤い衣裳のなか、カリギュラだけが白い衣裳というコントラスト。最期は、その白い衣裳が赤い血のりで染まる。

この舞台は、もちろんカリギュラが主役なのだが、いちばんいい役は、むしろケレアだろう。

シピオンが、田原俊彦みたいだったが、プログラムの写真を見る限りでは、そんなに似ているとも思えない。あえて似せていたのか?

ミュシュスというのは、妻をカリギュラに寝取られる役だけれど、これは劇中のエピソードのひとつ。


カーテンコールは、最初に13人が出て来たから、まず4期生が出て、次にそれ以前からのメンバー、その後にメインキャストの4役(ケレア、セゾニア、エリコン、シピオン)、最後にカリギュラという順。