伽羅先代萩(新橋演舞場 花形歌舞伎)


11月14日(金)、21日(金)に、新橋演舞場 花形歌舞伎の夜の部「通し狂言 伽羅先代萩を見た。

11月の演舞場 夜の部は「先代萩」の通しのあとに舞踊「龍虎」が付くが、14日は都合により舞踊はパスした。「龍虎」については、すでに少し書いた(http://d.hatena.ne.jp/kamuro/20081122/p1)ので、以下は「伽羅先代萩」についての雑感である。


今月の演舞場は夜の部が午後4時開演のため、歌舞伎座で昼の部の「吉田屋」を見てからの移動では慌ただしく、間に合わないかも知れないと思い、「吉田屋」→「先代萩」という目論見が適わなくなった。

ということで、歌舞伎見物の前は、銀ぶらに切り替えたので、両日とも開演前は充分余裕をもっての演舞場来着となった次第。


さて、「伽羅先代萩」は、花水橋、竹の間、御殿、床下、対決、刃傷の通し。途中に、25分の幕間が2回あって、4時間20分ほど。「龍虎」まで見た場合の終演は、8時50分頃。

出演の子役は、すでに書いた(http://d.hatena.ne.jp/kamuro/20081102/p1)とおり。

観劇日の竹の間、御殿の子役は、両日とも

足利鶴千代: 渡邉ひかる

千松: 原口智照


序幕の「花水橋」。これまで、ぞろりとしてくずれた感じが漂う女形役者の頼兼しか見ていなかったせいもあろうが、今回の頼兼(亀三郎)は、新鮮。鞍馬天狗のあと、からみをあしらい、花道へかかって、絹川谷蔵(男女蔵)への「苦しゅうない斬り捨てイ」とその一声で殿様らしくなるあたりは、次の幕へと芝居の期待を高める気持ちのよい幕切れ。


「竹の間」は、政岡(菊之助)の、その声量、あるいは声の強さがまず印象的。このひとの女形はその美しさに目が行きがちだったが、今回は政岡で別の面を見た思い。

「御殿」では、これから飯焚きになろうというところで栄御前の来訪となって飯焚きはしないという(以前に見た菊五郎の政岡と同じ)やり方。


鶴千代君は、セリフのあるシーン、とくに「竹の間」の後半、八汐(愛之助)をやり込めて政岡を守るあたりはセリフの上手さが俄然光って客席を沸かせたし(たまに、ちょっと眠そうに見えるのがご愛嬌。鶴千代は、女の子が演るとかわいくて、いい)、千松はすでにこの役ではおなじみの子役で、挙措のひとつひとつがきっぱりしていて見映えがよいのもまたおなじみ。

「御殿」で、千松が八汐に刺されて、政岡が若君を打ち掛けに囲うところ。渡邉ひかるちゃんの鶴千代は、乳母の横に立つというより、斜め前に立つ感じで、少し膝を曲げて身体をかがめて立っていた。


14日の観劇後に、歌舞伎オン・ステージ「伽羅先代萩」に載っている五世歌右衛門の『芸談』を読み返した。今回の政岡がやっていた、打ち掛けに鶴千代を入れたまま、段々座って行き、右手がすべるのを膝へポンと乗せ直して居住まいをただす、というのは九代目団十郎がしていたとあり、また、「御殿」で栄御前から渡された連判状を棚に入れずに懐中するのは五代目菊五郎の型だとある。


「床下」で、ねずみがすっぽんの切り穴の滑り台に飛び込むとすぐに煙りが上がって、仁木弾正(海老蔵)の登場。面明かりの蝋燭が燃える匂いが客席に漂って来て、雰囲気が増すのが、この場面の楽しみのひとつだ。

仁木弾正は、「対決」での静と「刃傷」での動とをコントラストとして強調するような分かりやすさが奏功して、演劇的な面白さがたっぷり。「刃傷」での迫力、威圧感は、舞台からは遠い客席にいても有無をいわさぬすさまじさ。「対決」では、その悪役ぶりと舞台での大きさが相俟った不気味さで惹きつけられた。(が、問注所での位置取りや見せ方があからさま過ぎる気もした。仁木ってああいう立ち位置だったろうか…)


細川勝元(松緑)の小姓は、「対決」での勝元の出と、「刃傷」の終わり近くが出番。いずれも太刀持ちの役だが、この子役の見せ場は、「対決」での花道のほうで、勝元に従って出て刀を渡し、引っ込むところ。(観劇日の出演は、清水大喜くんだったでしょうか?)

外記左衛門(男女蔵)の老けぶりが上手く、メイクをした貌は、思った以上に左團次そっくり。


改めて思うのは、この「先代萩」という芝居、出て来る手下どもが皆、間抜けで、その間抜けぶりが筋を運んでいる面があるのだな、と。黒沢官蔵は大勢引き連れた揚句、頼兼を仕留められないし、鳶の嘉藤太は、松島に当身を食らって気絶する程度の使いものにならない忍びだし、いやそれより、いちばん駄目なのは荒獅子男之助だろう。名前と形(なり)はずい分と仰々しいが、ねずみにはあっさり逃げられた上に連判状も奪えないという体たらくで、取り逃がしたか、残念だ、というけどさ、あんたの詰めの甘さがいちばん残念なんだよ(笑)。何のために、床下に宿直(とのい)していたんだか。まぁ、そのおかげで、先が続く訳だが。

「竹の間」は八汐が幕を取るが、その前に鳶の嘉藤太に何やら耳打ちし、嘉藤太が承知して花道を引っ込む。本来の筋だと、「御殿」で嘉藤太による鶴千代襲撃があるから辻褄が合うが、これは出ないので、「竹の間」の最後のこの八汐と嘉藤太のやり取りはどうも収まりが悪い。


ところで、21日の観劇後に、森鴎外の「椙原品」を再読してみた。
http://www.aozora.gr.jp/cards/000129/files/2081_23048.html(青空文庫)

頼兼のモデルである伊達綱宗は若隠居させられた後、蟄居・幽閉状態で七十二歳まで生きたというから、じつに長き余生であるし、亀千代(のちの綱村)への置毒事件の件りを読むと、歌舞伎の「竹の間」や「御殿」が、歴史ドラマとしての臨場感をもって見えて来る。