宮本昌孝「風魔」上、下



宮本昌孝「風魔」上、下(祥伝社、上下巻ともに2100円税別)

を読了。

税込み4410円で、これだけ楽しめれば、読書の醍醐味というもの。



北条氏の滅亡から徳川家康の江戸開幕までを、北条に仕えた忍びの頭領、風魔(風間)小太郎を主人公に、群雄の駆け引きと、それを影で支える忍び者たちの暗闘を通してえがいた時代小説。ハードカバー上下二巻で、計1000頁の長編。曾呂利新左衛門、鈴木右近、唐沢玄蕃(猿飛)、服部半蔵、柳生又右衛門(宗矩)… 風魔小太郎を取り巻く脇役、敵役たちの配置がよく、読ませる。家康も人物であるし、世子秀忠の役どころも面白く、なにより、小説の冒頭から登場する古河公方氏姫の存在が効いている。



風魔に加えて、(吉原の元締めとなる)庄司甚内をはじめ、三甚内が登場したり、家康の影武者をめぐる仕掛けがあるなど、おそらくは隆慶一郎の「吉原御免状」「影武者徳川家康」といった先行作品を踏み台にして、その先に、独自の解釈をちりばめた新たな小説世界を創っている。





それにしても。つらつら思うに、時代小説の世界における柳生宗矩の凋落は、いつからはじまったものか。

この「風魔」でもまぎれもない敵役であるが、昨今、柳生宗矩を、隠密を束ねて謀事を得意とした政治家として見、剣の腕前はさほどでなかったとするような認識が流布しつつあるなかでは、浅野長政をして「眼福」といわしめる剣の冴えを見せる件りもあって、よく書かれているほうだといえるか。



小説において、柳生宗矩が一悪役に転じてしまったのは、80年代に、隆慶一郎がものした一連の伝奇時代小説がターニングポイントであろうか。

同じ時期に、津本陽が「柳生兵庫助」を書いて、新陰流の道統が江戸の柳生家ではなく尾張柳生家に伝えられたことを強調したのも大きかった。津本陽の「柳生兵庫助」は、兵庫助と宮本武蔵を双璧としただけでなく、兵庫助を剣の改革者としてえがいたところが、新鮮だった。甲冑を着て斬り合う戦国期の介者剣法を、泰平の世の素肌剣法へと変革したのが柳生兵庫助そのひとだとした。

加えて、当時、柳生厳長著の「正伝新陰流」の復刻版が出て、関心を持つ読書子の手にも行き渡ったはず。



映像の世界でも、山岡荘八の「春の坂道」が大河ドラマになり、映画やテレビの「柳生一族の陰謀」がヒットした頃までは、柳生宗矩は、銀幕のスターや、(共演者から)先生と呼ばれる俳優の演じる役どころであることが多かったが、それも、いまはむかしの感である(近年では、かろうじて、テレビ東京での松本幸四郎が思い浮かぶが、あの宗矩は強そうではなかった)。





かつては盗賊の頭ぐらいに思われていた風魔小太郎が颯爽たる器量人へと転じたいま、兵法者としての柳生宗矩を再評価する痛快作を読んでみたいものだ…