放浪記(帝劇) 千穐楽


5月29日(金)は、帝国劇場で、

森光子主演「放浪記」
(林芙美子作品集より、菊田一夫 作、三木のり平 潤色・演出、北村文典 演出)

を観劇。

この29日が、千秋楽。通算上演回数は、2017回になる。午後1時開演。

ダブルキャストの子役、行商人の子は、今津凪沙さんであった。


帝劇の正面玄関を入ると、左手、受付前に、『森光子受付』が出ていた。「放浪記」を見に来て、『森光子受付』が出ているのは、はじめて見た。(休憩時間の客席で、係員のひとが、座席番号を確認しながら、森さんのお客さんにお土産?を配っているのは、「放浪記」ではよく見かける風景だけれど) さすがに、一世一代の「放浪記」千穐楽(いちおうそういうことにしておく)である。


ロビー表示の上演時間は、初日や13日と較べて「第一、二幕」が5分短くなって、以下のよう。

 第一、ニ幕 55分
 休憩 15分
 第三幕 25分
 休憩 25分
 第四幕 1時間15分
 休憩 5分
 第五幕 30分


思い返すと、6年前、芸術座時代の「放浪記」は、25分、10分、5分の休憩を入れて、3時間30分の上演時間だった。劇場条件のちがいを考えずに、単純に比較してしまうと、今回の帝劇公演は当時より本編の時間が15分延びていることになる。


さて、森光子さんは、当月観劇した初日や13日よりもさらに好調な印象。第一幕、本郷の下宿・大和館で、安岡信雄(山本學)に「今日は早かったんですね」と話しかけられたすぐあとのセリフを少し端折っちゃったものの、それを除けば、セリフは完璧に近かった。千穐楽にふさわしい舞台だった。昨年のシアタークリエ公演よりも、総じてよかったといってもいいかも知れない。


第二幕第二場の女給部屋の芙美子をよく見ていたら、煙草に火を点けなくなったことに関連して、後ろで寝ているともちゃん(松村朋子)が咳き込むと、それを見た芙美子が、手に持っているタバコをここでは吸わないほうがいいという心持ちで立って、下手側にある椅子へと歩く、というふうに演じているのが分かった。

こういう前回公演とのちがいは、殊に面白い。今回の帝劇公演は、3回といわず、やはりもっと見ておくべきだった。


第三幕の尾道の場にある舟(ボート型の廃船)。今回の帝劇では、芙美子が香取恭助(中島久之)と話をするシーンで舞台中央にある舟のほかに、もうひとつ同じ型の舟が出ている。第三幕の幕が上がってすぐのシーンで、舞台下手奥に舟の三分の一ぐらいが見えるように置かれているが、この舟は、尾道の場で最初に舞台を回すときの転換で、なくなる。その下手奥に見えていた舟には「第二アキラ丸」と書かれていた。

昨年公演では、舞台中央にある破れた舟には「アキラ丸」と書かれていたが、今回公演では、席位置のせいで、中央にある舟の名前が読み取れなかった。ただ、この舟、昨年の「放浪記」で芙美子が腰掛けていたのとは、壊れ具合など見かけがちがっていた。昨年のセットとは別ものであろうか?


第四幕第二場の木賃宿では、芙美子が書いている原稿の扱いをずっと見ていた(久し振りに、座席が2階だったから、上からで見やすいということもあって)。

芙美子が書き上げた原稿に、同宿の藤山武士(武岡淳一)が錐で穴を開けてやり、女占い師(新井みよ子)が作った紙縒(こよ)りで綴じてやるのだが、藤山武士は芙美子にことわって、手にしたその原稿を声に出して読む。その原稿用紙(この芝居では原稿用紙のことを「原稿紙」といっているが)には、ちゃんと「放浪記」の一節が書かれているようだが、舞台での「森芙美子」は、書いている演技だけで、じっさいに舞台上では原稿を書いてはいない。字が書かれているのは、芙美子が書いているときに、その下に裏返してきれいに広げられている原稿紙のほうで、ここでの座長さんのさりげない原稿紙の扱いは、隠れた見どころ。


第四幕第三場の南天堂では、出版記念会の会場のセットが少し斜めになっていたのが、かつての芸術座時代を思い出させた。(1階前方での、5日、13日の観劇では、斜めになっているのには気付かなかった)


第五幕の落合の家、芙美子が机にもたれて寝てしまう終幕。ここ1、2年、この幕切れのシーンに到ると、その姿があまりに迫真に思え、このまま幕が下りたきり、カーテンコールの幕は上がらないのでないか、という懸念にさえとらわれた。それほどの、「放浪記」第五幕の、すばらしさだった。思えば、森光子さんは、すでに林芙美子の一生の倍近い年齢になっている。


さて、通常の、座長さんのカーテンコールの幕が下りると、下手緞帳前に、羽織袴姿で丸山博一さんが登場して、千穐楽特別カーテンコールの前振りで、あいさつやお話。

準備が整って、緞帳が上がると、この日は出演していなかったダブルキャストの俳優を含むオールキャスト。

1列目の並びは、最下手から、

丸山博一(=司会)、若杉宏二、武岡淳一、鷹西雅裕、田根楽子、青木玲子中島久之、大塚道子、大出俊、山本學、森光子、山本陽子米倉斉加年有森也実斎藤晴彦金内喜久夫原康義、新井みよ子。

「放浪記」の千秋楽カーテンコールを見るのは5度目になるが、交互出演の子役まで全員揃ったのを見るのは、3度目になる。

今回ダブルキャストの田村伍平役も洋装(若杉)と和装(助川)と揃い、また、子役は、近年の千秋楽カーテンコールと同様に、2列目の下手端に。2列の最下手から竹内祐稀、今津凪沙の並び。


メインキャストの挨拶は、中島、大塚、斎藤、有森、大出、山本學、米倉、山本陽子の順番。

何年演じているとか、出演回数に触れた紹介や挨拶も多かったし、長年演じた役と別れる感慨を口にする俳優など、共演者の言葉を聴いていると、今回の帝劇公演が「放浪記」のしおさめという雰囲気が、幕内にあったらしいことが窺えた。一時期、東宝の公式ページに「一世一代」と打たれていたのは、単なる宣伝文句ではなく、そうなるだろうという認識に立っていたのだろう。

大塚道子さんが、いつもは次の(放浪記の)予定が決まっているのに今回はそうでなくてさびしい、みたいなことをいっていたが、確かに、上演記録を見ると、「放浪記」は、昭和56年以降では、間が空いたときでも3年で、それ以上上演がなかった時期はない。いつぞやの森光子さんのインタビュー記事を額面どおりに受け取れば、3年先まで舞台の予定は決まっているというのだから、予定がないということは、もう「放浪記」はないと思うのも道理である。

有森也実さんは、森さんが「放浪記」を初演、初主演したときと、いま同じ年齢とのこと。米倉斉加年さんは、これまでに13人いる日夏京子のうち、9人と共演している。山本陽子さんは、初舞台が「放浪記」の悠起役だったことなども述べていた。

初演からのキャストで、再演の舞台からは村野やす子役を持ち役に、2017回の全てに共演した青木玲子さんの紹介もあった。


このあと、森光子さんに国民栄誉賞が贈られることが決まったという発表があり、舞台上でのくす玉割り、客席にも色とりどりの紙吹雪が大量に舞うという派手な演出があった。


ほかに、この日の来場者として、歴代共演者の原知佐子松原智恵子山口いづみ大場久美子松山政路有馬稲子池内淳子の7人が紹介された(が、登壇はしなかったので、2階席からでは見えず。池内淳子さんは、幕間にロビーにいらしたが…)。

また、国民栄誉賞決定の伝達をしたという森元首相(1階A列に座っていた)が紹介された。


座長さんの挨拶では、その前の共演陣からの発言に触発されるかたちで、「放浪記」の続演に意欲を見せる言葉もあったが、さてさて、どうなることでしょう。

千秋楽翌日のスポーツ紙の報道などを読むと、2011年で「放浪記」上演50周年となるので、もしも「放浪記」再演の可能性があるとしたら、そのあたりなのか。
とりあえずは、今秋に予定されているという新作舞台というのに注目したいところである。


最後は、オールキャストが、客席上手、下手、正面へ礼あって、幕。

千穐楽カーテンコールが終わったのが、午後5時25分頃だったから、約30分やっていたことになる。


いずれにしても、近年不動だった子役、今津凪沙ちゃんと竹内祐稀ちゃんの行商人の子は、これで見納めだろう。

何だかんだいったところで、私は、岩井優季ちゃんと今津凪沙ちゃんと竹内祐稀ちゃんと、この3人しか見たことがないし、NHKで放送されDVDとして発売された「放浪記」も岩井優季ちゃんだから、もうこの3人で、記憶も完結となりましょうか。(ところで、親子二代で「放浪記」の子役を演ったというのは、岩井優季ちゃんだけなのかな?)。

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http://d.hatena.ne.jp/kamuro/20090508/p1(5日初日)
http://d.hatena.ne.jp/kamuro/20090526/p1(5月13日)